蛋白精製法ー総論(清水孝雄)

第二生化マニュアル目次
1.はじめに
 蛋白質の精製は生化学の最も基礎的な手技であり、これに習熟することは他の技術を習得する上でも役立つ。遺伝子工学の基礎も酵素反応であり、また核内あるいは細胞質内の諸蛋白が転写や翻訳を最終的には制御している。個々の精製方法は詳しく述べないが、蛋白精製(酵素精製)に当たっては有名なコーンバーグ博士の10ヵ条をここに紹介する(出典:上田国寛博士、スタンフォード大学)。

Commandments for the enzymologists by Arthur Kornberg

1. Enzyme purification is its own reward.
2. The sabbath is a working day.
3. Ammonium sulfate is kind to enzymes.
4. The purification table is as important as the purification.
5. Dependency of pH comes before Ph.D.
6. You can't purify enzymes with toothpicks.
7. The cell is irrelevant to the isolated enzymes.
8. Don't waste clean thoughts on dirty enzymes.
9. Save the side fractions for handouts.
10. To spare the pen is to spoil the data.


2.蛋白精製を始める前に
A.目的
 蛋白の精製に当たっては目的をはっきりさせることが大切である。部分精製でよいのか、完全に単一なものが必要か、抗体作成に使うのか、ペプチド配列を知る必要があるのか、等である。精製そのもので論文にするときは必ず新しい酵素でなくてはならない。種差の仕事は一流の国際誌には採択されない。
B.臓器や細胞の選択
 目的に応じて臓器や細胞を選択する。出発時の比活性(目的とする蛋白を全蛋白で割ったもの)の違いが、その後の行程の苦労を決定する。
C.安定性の検討
 酵素を初めとする蛋白は変成し、生物活性を失う。従って、どのような条件で蛋白が最も安定かを調べることが肝心である。通常、少量のサンプルを用いて、室温、4度C、冷凍等を行い安定度をチェックする。また、安定化剤を見つけること蛋白精製成功の鍵である。
D.活性測定方法の開発
 蛋白精製に当たっては何らかの指標が必要である。酵素の場合、それが酵素活性測定法の開発である。測定は正確でなくてはならないが、より重要なことは簡単で迅速にできる方法でなくてはならない。なぜなら、活性測定に時間を要することはそのまま蛋白の失活を意味するからである。
E.界面活性物質(Detergent)の選択
 膜酵素の場合はどのような界面活性化剤を用いるかが最も肝心である。界面活性化剤には別表の様なものがある。脂溶性、水溶性のバランスを示すものとしてHLBナンバー(hydrophilicity lipophilicity balance number)が存在し、可溶化剤選択のときの一つの基準となる。膜蛋白は可溶化されないと精製できない。可溶化の指標は一般には次の三つのクライテリアがある。第一に10万gで遠心して上清にくること。第二にボアサイズの大きなゲルろ過カラムで中にはいること(void volumeにでないこと)、そして第三に0.45mmサイズのフィルターを通ることが上げられる。活性化剤は単独で、あるいは組み合わされて使用され、一般に精製が進むとともに濃度を薄くする。可溶化剤を用いて、膜から離すと同時に蛋白は不安定となる。したがって、界面活性化剤と安定化剤の良き組み合わせの発見が精製成功の大前提である。

3..蛋白精製の原理
 蛋白質はアミノ酸の集合体であり、これに糖鎖や脂質が共有結合したものである。従って、これを分離するのは蛋白の持つ、等電点、サイズ、溶解度(水、有機溶媒中など)、特別な物質への親和性(酵素の場合、基質、補酵素など)等を利用する。詳細な方法は省略するが、ここでは一般的原理と注意点を記載する。
A.溶解度による分離
 代表的なものに硫酸アンモニウムを用いたものがあり、硫安(と略す)分子に水分子がとられた結果、蛋白の溶解性が落ちる性質を利用している。一般には疎水性のものほど沈殿しやすく、また分子量の大きいものほど沈殿しやすい。同じ分子量のものでも溶解度に差があるため、この方法が用いられる。この方法は蛋白を沈殿したあと、任意の容量に溶かすことができるため、濃縮に便利であり、さらに溶液を次のカラムに合わせた緩衝液で透析するため、精製の第一段階に便利である。初め20、40、60%...というように大まかに分画し、それぞれの分画の活性と蛋白を測定した後、最終的な分画の範囲を決める。
 同じような原理で溶解度の差を利用したものに有機溶媒による沈殿分離がある。一般にはアセトンかエタノールが用いられる。この長所は脂質などの混入を除くことができることであり、また、透析も不要であることである(窒素ガスの吹き付け)。硫安分画がうまく行かないときに次に試される。短所は蛋白が変成(非可逆的)しやすいことであり、溶液、容器、遠心機はいずれも0゜C以下に保つ必要がある。エタノール、アセトンなどの有機溶媒と硫安の%は意味がちがい、有機溶媒の場合はvol/volであり、硫安は飽和硫安溶液を100%としたときの相対値である。硫安の%は表1を参照されたい。
B.イオン交換クロマトグラフィーと等電点クロマトグラフィー
 蛋白はアミノ酸や糖の多分子体である。個々のアミノ酸や糖質の一部は+あるいは-の荷電を有している(アミノ基、あるいはカルボキシル基)。これらを総計したものをその蛋白の等電点(pI, isoelectric point)と言い、そのpHで蛋白は電気的に中性となる。多くの蛋白は酸性荷電であり、pIは5以下である。いま、pIが5の蛋白をpH8の緩衝液に溶かすと、蛋白は陰イオンとなる。この陰イオンを吸着する樹脂を陰イオン交換(anion exchanger)樹脂と称し、一般にアミノ基を有している(例:DEAE, QAE, MonoQ)。逆にカルボキシル基(CM)や硫酸基(SM, MonoS)を持つものを陽イオン交換樹脂と呼ぶ。カラムクロマトグラッッフィーを行うに当たってはまず、樹脂に目的とする蛋白が結合するかどうかをチェックし、ついで、分離の方法を考える。一般に分離には塩(NaCl)の濃度勾配やpHの変化等を与える。イオン交換クロマトグラフィーが表面荷電により反応するのに対して、等電点そのもので分けるカラムがあり、教室にはMono−Pカラム呼ばれるものがある。
C.ゲルろ過クロマトグラフィー
 正確には分子サイズ(分子量ではなく)の違いを利用する分離方法である。いずれも網目状、あるいは粒子の中に穴(pore)が空いており、サイズの大きなものはその外を通過するため早く移動し、小さなもののみが、中を通り、移動速度が遅くなることを利用している。ゲルの坦体によりセファデックス、セファクリル、スーパーロース等があり、また分離の範囲を決める分子サイズでいくつもの種類がある。セファデックスG200は静水圧(緩衝液のリザーバーの位置とカラムのアウトレットの位置の差)が10cm以上になると目詰まりが起こり、急速に流速が落ちるので注意する。一般にゲルの坦体とのイオン性の相互作用を減らすため、0.1M程度のNaClを加えることが多い。
D.疎水性クロマトグラフィー
 蛋白には水への溶けやすさの指標として疎水性がある。一般に酸性あるいは塩基性のアミノ酸、そして中性アミノ酸のうち側鎖のヒドロカーボンの短いもの(アラニン、グリシン)等は新水性であり、逆にロイシン、ヴァリン、イソロイシンなど側鎖の長いものは疎水性である。これらアミノ酸の総数が蛋白の疎水性を決定すると考えられるが、この違いを利用したものが疎水性カラムであり、樹脂に疎水基が結合している。結合力はイオン濃度が高いほど(イオン結合が抑えられて)高くなるので、塩や硫安を加えて、結合させ、これらを減らす勾配をかけて溶出する。教室にあるカラムではオクチル(Cが8)>フェニル(Cが6)の順で結合が強い。さらに溶出に当たってはエチレングリコール、アルコール、界面活性化剤等を加えて溶出しやすくすることもある。
D.吸着カラムクロマトグラフィー
 ハイドロキシアパタイトに代表されるもので、カルシウムとリン酸へのイオン結合度の総和を利用している。ヒドロキシアパタイトはCa10(PO4)6(OH)2の結晶である。イオン交換カラムと同じ扱いであるが、普通は1ー5mMのリン酸緩衝液(pH6.8)で結合させ、400mMまでの同緩衝液でほとんどすべての蛋白が溶出される。精製の後ろの段階で使用される。また、酸には弱いのでpHを5以下にしてはいけない。(洗浄時も酸を用いてはいけない)。
E.アフィニティークロマトグラフィー
 その蛋白や酵素に特異的に結合する物質をカラムにつけ、これにより目的とする以外の蛋白をすべて素通りさせようとする試みである。うまく行けば1ステップで目的物をとることもできる。酵素の場合、基質、補酵素を結合させたり、あるいは蛋白の単クローン抗体を利用したり、また受容体の場合リガンドをつけるなどの方法がある。これら自作のカラムのほか、教室にあるものはブルーセファロース(NAD,NADP類似体)、ヘパリンセファロース(成長因子、ホスホリパーゼなどの精製に用いる)、グルタチオンセファロース(GSTとの融合蛋白の精製)などがある。また、サウスウエスタン法やDNA結合因子の精製等も目的とするヌクレオチドへの吸着を利用したものである。
F.逆相カラムクロマトグラフィー
 坦体としてC4、C8、C18(ODS)等があり、これを水とアセトニトリルの勾配で溶出する。一種の疎水性カラムである。結合力は炭素数が大きいほど強く、従って高濃度のアセトニトリルを必要とする。蛋白の荷電をなくし、イオン結合による干渉を排除する目的で通常0.1%のTFA(trifluoroacetic acid)が加えられる。アセトニトリルの代わりにイソプロピルアルコールも使われる。逆相カラムはシリカゲルなので、アルカリ(pH>10)にしてはならない。

4.その他の諸注意
 細胞質酵素は一般には硫安分画(核が多いと思われるもの、例えば細胞等はこの前にストレプトマイシン処理で除核酸を行うとよい)→透析→イオン交換カラム→ゲルろ過カラム→吸着あるいはアフィニティーカラム等の順番で進めることが多い。同じカラムを二度使うのも有効である。

付表1 硫安分画の濃度早見表(JPEG 128K)

付表2 第二生化で所有するカラム一覧表(かっこ内の数字は直径x高さ、単位mm)
陰イオン交換カラム
MonoQ(5x50), MonoQ(10x100), TSKDEAE-5PW(7.5x75, 8x75、ガラス、ステンレス), Polyanion SI (5x50),(10x100)
Q-Sepharose(open column)
(注意)一般に可溶性蛋白にはMonoQ良いが、吸着が多い。Polyanionは分離がシャープである。しかし、シリカゲル性のためアルカリでの洗浄ができず、不便で現在は発売されていない。MonoQの大きいものは発売当初100万円、現在でも40万円する高価なものなので、取扱に注意。

陽イオン交換カラム
Mono S(5x50), MonoS(10x100), TSKSP-5PW(7x50)
(注意)上と同じ

ゲルろ過カラム
Superose 12(10x300), Superose 12(30x500),TSKG3000XL(7.8x300), TSKG3000SW(7.5x300,7.5x600)
Superdex
坦体としてはSephadex G-25, Sephadex G-50, Sephacryl S-300, Sephacryl S-1000
(注)ゲルろ過は分子量により様々な種類があるので、目的とする蛋白の分子量が予想されたら、それに合うものを使用する。Sephacrylは他のものと比べてやや吸着が多い。

疎水性カラム  
Phenyl-superose(5x50), TSK Ether 5PW(7.5x75), TSK Phenyl-5PW(7.5x75),
ヒドロキシアパタイトカラム
TSK HA-1000(7.5x75)
(注)酸性にしてはいけない。(pHは5以上で使う)

逆相カラム
PEP-PRC, TSK-ODS(C18)各種
(注)分離は良好だが、有機溶媒を使うため一般に活性は失う。
アフィニティーカラム
TSK-Blue-5PW(7.5x750), Heparin-sepharose(7.5x750)


付表3 界面活性剤の種類とHLBナンバー(JPEG64K)
付表4 界面活性剤の種類とHLBナンバー(JPEG96K)
付表5 界面活性剤の種類とHLBナンバー(JPEG96K)



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