RNAの調製とノーザンハイブリダイゼーション (石井 聡)
(具体的な実験操作を記した部分は文章に網掛けを施した)
RNAの調製
細胞や組織からは各社から売られているRNA抽出試薬を使ってRNAを抽出する。具体的な抽出方法についてはそれぞれのマニュアルに従う。ここではどの試薬を使っても関係する注意点について述べる。
RNaseによるRNAの分解への注意を最も払うのは、はじめの抽出ステップである。RNAが抽出できたら、あとはDNAの扱いと同じで、チューブやチップをオートクレーブし、唾液などを混入させない等の注意を払いながら実験を進める。注意すべき点だけしっかり抑えていれば、やたら神経質になる必要はない。
組織(臓器)からのRNA抽出:組織はなるべく早く個体から摘出し、液体窒素で凍らせる。解凍させないよう注意しながら重量を測定し、再び液体窒素へ移す。Isogen(Toyobo社)などのRNA抽出試薬を組織の重量に応じた量をチューブへ入れる。RNaseを効率よく失活させるため、液量は多めにする方がよい。RNA抽出試薬へ凍った組織を入れたら直ちに、ポリトロンなどのホモジナイザーで約1分間かけて完全に破砕する。ここのステップが良質のRNAを得る一番のコツである。破砕時間は組織の壊れ具合に応じて変えてもよい。RNA抽出試薬としてはIsogen以外にも、Stratagene社のAbsolutely
RNA Purification Kitも良好である。また、液体窒素で組織を凍結する代わりに、Ambion社のRNAlaterというRNA保存試薬中に組織を室温で浸漬することによっても、RNAの質と量を損なうことなく保存することができる。
細胞からのRNA抽出:遠心後にほぐした細胞またはディッシュに付着した細胞を準備する。RNA抽出試薬の希釈を避けるため、いずれの場合も培地類は極力除去する。細胞数をなるべく正確に把握した上で、組織と同様多めの液量のRNA抽出試薬を細胞へ加え、素早くピペッティングないしはボルテックスを行う。これをゲノムDNA由来の粘性が消失するまで続ける。Ambion社のRNAlaterは細胞でも使用できる。
水:当方ではミリQ水を滅菌済みのディスポチューブに直接受け、オートクレーブせずにそのまま使っている。試薬用の水を購入するのもよい。RNAはDNAとは違い、水に溶解する。
RNA溶液の調製:当方のプロトコールでは1レーン当たりRNA溶液を最大6.6μlしか電気泳動できない。1レーン当たりのRNAの重量を増やすため、RNA溶液の濃度は2-3μg/μlが望ましい。
上記の方法で調製したRNAはリボソームRNAが95%以上を占めるいわゆるトータルRNAである。したがって発現量が少ないmRNAをノーザンハイブリダイゼーションで観察したいときは、トータルRNAをポリ(A)+RNAにまで精製・濃縮するとよい。精製キットは各社から発売されている。
アガロースゲル電気泳動
1-20μg
のRNAを長さに応じて分離する。RNAの量が多い方がハイブリダイゼーションの結果もクリアなるはずだが、多すぎると分離が悪くなりかえって結果が汚くなることがある。5-10μgのRNAが一般的なアプライ量と思われる。なおこの電気泳動は長さに応じてRNAを分離することを目的とするので、ホルムアルデヒドやホルムアミド等を使ってRNAが高次構造を取らない条件で行う。
器具(電気泳動の前日のうちに準備):ガラス器具は全て乾熱滅菌しておく(170℃・2時間)。アガロースゲル作製用のプラスチック器具などは、洗剤で洗浄後にミリQ水でよくすすぎ、自然乾燥させる。
MOPSバッファー:溶液の緩衝作用はMOPSバッファーによる。10倍濃縮で調製してオートクレーブ滅菌する。室温で遮光保存する。
10倍濃縮MOPSバッファー組成 1リットル当たり
0.2
M MOPS 41.86
g
80
mM 酢酸ナトリウム 6.56
g
10
mM EDTA 3.72
g
上記の重量の試薬をミリQで溶解し1000 mlまでメスアップ後、NaOHでpHを7.0に調整する。この際、pH電極を直接浸けてしまうと液全体にRNaseが混入してしまう可能性があるので、pH電極がようやく入るくらいの径のチューブに1-2
mlを分取してpHを計り、その液は廃棄する。約3.2 gのNaOHを入れるとpHが7.0弱になるので、その後1-2粒ずつNaOHを加えて、分取・計測・廃棄を7.0になるまで繰り返す。
アガロースゲル:5.4%ホルマリン溶液(0.66 Mホルムアルデヒド)を含む0.8%アガロースゲルで行う。三角フラスコにアガロースをミリQと混ぜ電子レンジで溶解後、(60℃位まで)冷めたところへ10倍濃縮MOPSバッファーとホルマリン溶液を順々に、アガロースが部分的に固まらないよう攪拌しながら少しずつ加える。このホルマリンの濃度は標準プロトコール(2.2
Mホルムアルデヒド)よりも低いが、RNAは十分変性して電気泳動されている。また、ゲル化を実験室内で行っても差し支えない程度までゲルからの刺激臭が抑えられている。
ホルムアミド:脱イオン化処理を施していないグレードのものを使う場合は予め脱イオン化を自分で行う。約1/10量のAG501-X8(D) 陰陽イオン交換樹脂(Bio-Rad社)をホルムアミドとゆっくり30分間振盪混和する。軽い遠心の後、上清を0.45μmのフィルターでろ過して細かい樹脂を除く。エッペンドルフチューブへ約200μlずつ分注し、窒素ガスを充填してから-80℃で保存する。一度解凍したホルムアミドは余っても廃棄する。
サンプル前処理(以下の体積はあくまでも目安であるので、各電気泳動ゲルのウェルの大きさに応じて変えてよい):
10倍濃縮MOPSバッファー 1.2μl
ホルマリン溶液 4.2μl
脱イオン化ホルムアミド 12.0μl
RNAサンプル+水 6.6μl
計 24.0μl
上記の試薬をよく混ぜて10分間熱変性し、氷水中で急冷する。ただし高い熱で処理をするとRNAが分解してしまい、結果に著しく影響する。当方の実験系では65℃の処理でRNAは分解してしまうので、60℃で行っている。ゲルへアプライする直前にRNA用色素液を1/10量加え、電気泳動用を行う。この際、RNAサンプルへエチジウムブロマイドを加えるプロトコールもあるが、電気泳動後にマーカーのレーン以外は写真撮影をしないので当方では加えていない。マーカーは左右どちらかの端のレーンに、サンプルとは1レーン以上の隙間をあけてアプライする。
電気泳動:3-4 V/cmの電場で2-3時間電気泳動する。終了後にマーカーのレーンをカッターで切り出し、さらにウェルより上の部分と左右及び下の不必要なゲルをカッターで切り落とす。後の操作で必要なので、縦と横の長さを測っておく。
エチジウムブロマイド染色: 切り出したマーカー入りのゲルを0.2μg/mlエチジウムブロマイド溶液(MOPSバッファーでもDNA電気泳動用のTAEバッファーでもよい)で染色する。ただし、ゲルにホルムアルデヒドが含まれているために染色されにくい。したがって染色液の交換や長時間の染色が必要となる(数時間から一晩)。
メンブレンとハイブリダイゼーション液
メンブレンはナイロン製のものがよい。ハイブリダイゼーション液としては、実験者自らが調製するデンハルト溶液があるが、当方の経験では調製済みのハイブリダイゼーション液の方が感度は優れていた。メンブレン(Hybond-N+)とハイブリダイゼーション液(Rapid-hyb Hybridization Buffer)の両方を、Amersham
Biosciences社から購入している。これ以外にもハイブリダイゼーション液やメンブレンは各社から売られているが、双方には相性があるので、メンブレンの選択はハイブリダイゼーション液のマニュアルに従う。
トランスファー(ブロッティング)・中和・固定
上述したが、電気泳動後には写真撮影を行わず、そのままゲルはトランスファーの操作に移行する。これは撮影時に照射する紫外線がRNAを細かく切断し、プローブとのハイブリダイゼーションを妨げるからである。どうしても撮影をしたい場合は、撮影専用にもう1枚同じ電気泳動ゲルを用意する。
トランスファーは、トランスファー液を下から上へ上げる“Upward Transfer”が主流である。しかし、この方法は時間がかかる上(一晩)、アガロースゲルの上に乗せた物の重みでトランスファー中に次第にゲルが圧縮されるため、RNAのトランスファーが妨げられることがある。これに対し、”Downward Transfer”は、ゲルの圧縮が最小限に食い止められる。さらに、アルカリ性のトランスファー液(3 M NaCl + 8 mM NaOH)用いることで、限定分解によりmRNAのサイズを小さくできる。これら二つを組み合わせれば、相乗効果により高い効率で短時間(2時間)のmRNAのトランスファーが可能になる。
参考文献:Chomczynski, P. Anal. Biochem.
201, 134-139 (1992)
Chomczynski, P. and Mackey, K. Anal.
Biochem. 221, 303-305 (1994)
トランスファー装置の組み立て:図(写真)のようなトランスファー装置を下から順に組み立てる。トランスファー液の組成は3 M NaCl + 8 mM NaOHである。以下、注意点を述べる。
・紙タオルはキムタオルでよく、10枚も重ねておけば十分である。
・ゲルの下に敷く5枚のろ紙のサイズはゲルよりも大きければ適当で構わない。最上段のろ紙はトランスファー液で濡らしておく。
・メンブレンは、ゲルのサイズよりも縦横ともに約2 cm長いものを用意する。直接素手で触らないよう注意する。ミリQ水で一度濡らしてからトランスファー液に浸け、ゲルを上に乗せる。
・ゲルをメンブレンの上に乗せるときは決して空気を入れてはいけない。その部分だけ、トランスファーが妨げられて結果に影響を及ぼす危険がある。
・ゲルの上に乗せるろ紙はWhatman社の3MM
Chrで、ゲルのサイズと同じないしは少し大きいものを3枚用意する。乗せる直前にトランスファー液で濡らす。
・トランスファー液との橋渡し役の長いろ紙は2枚用意する。ただし大きなゲルの場合は3枚に増やす。幅の長さはゲルの長辺に合わせる。乗せる直前にトランスファー液で濡らす。
・トランスファー液を入れた容器はゲルよりも高い位置に置き、液の移動をスムーズにする。
トランスファー:2時間後にトランスファーを終了する。このとき、後で電気泳動を開始した場所がわかるように、ゲルの上端に合わせてメンブレンを切り取る。さらに、メンブレンの左右・表裏もわかるように四隅のどれか一つをハサミで小さく切り取っておく。
中和:2 x SSCなどの中でメンブレンを穏やかに5分間くらい振盪してアルカリを中和する。途中で液を交換すれば効果的である。
固定:ろ紙の上に敷いたキムワイプやケイドライなどの実験用ワイパー上でメンブレンの水滴が消えるまで乾燥させ、続いて80℃で15-30分間処理して固定を行う。ただしナイロンメンブレンの場合、24時間かければ室温でも固定される。
DNA標識(プローブ作製)
クレノウ酵素(5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を失った大腸菌DNAポリメラーゼIのこと)とランダムプライミング法を組み合わせたものならば、何処のメーカーのキットでも使用可能である。当方はAmersham
Biosciences社のredi prime IIキットを用いている(全ての試薬が予め1本のチューブに分注されているので便利)。ほとんどのキットでは、用いる鋳型DNAの量は反応液50μlに対し25
ngと決められている。多すぎても少なすぎてもハイブリダイゼーションの感度が下がるので、この量はなるべく正確にする。具体的な実験操作については各キットのマニュアルに従う。ここでは、どのキットを使っても関係してくる注意点について述べる。
鋳型DNAは調製の段階で短波長から中波長の紫外線に当ててはいけない。RNAと同様、細かく切断されてしまい、鋳型としての用をなさなくなる。
鋳型DNAの長さは標識効率を考えて、通常300 bp〜1000 bp位のものを用いている。
多くプロトコールでは標識反応は15-30分だが、2倍くらい長く反応させた方が取り込み率の上昇を期待できる。
取り込まれた放射能の簡易計測:プローブの善し悪しでハイブリダイゼーションの結果が決まるといっても過言ではない。調製したプローブの質を知るために、カラム(Amersham Biosciences社MicroSpin S-200 HR)で未取り込みの放射能を除いて、取り込まれた放射能を測定する。約60μl(にまで増えていることが多い)のろ液から2μlをエッペンドルフチューブに分取し、そのまま液体シンチレーションカウンターで測定する。32Pからはチェレンコフ光が出ているので、放射能測定には液体シンチレーターは必要ない。この条件で50万cpm、できれば80万cpm以上は欲しい。測定に用いた溶液は、汚していなければ元に戻してプローブとして使える。
ハイブリダイゼーション
Rapid-hyb
Hybridization Bufferを使う場合、プレハイブリダイゼーションは15分、プローブとのハイブリダイゼーションは2時間で終えることができ、感度増強に加えて時間短縮の効果もある。温度はともに65℃である。
ハイブリダイゼーションは、メンブレンを入れたパッキン付きのタッパー(お弁当箱)をウォーターバスに浸けて行っている。もちろんハイブリダイゼーションバッグを使って行っても構わない。タッパー内の温度を保つため、ウォーターバスの水位はタッパーのふたの近くまで来るように調整する。
Rapid-hyb
Hybridization Buffer使用量はタッパーの底面積1 cm2当たり0.125 mlで計算する。メンブレンの枚数が多いときは2-3割増やす。
Rapid-hyb
Hybridization Buffer1 ml当たり鋳型DNA 1 ng分のプローブ溶液を加える。多すぎるとハイブリダイゼーションのバックグランドが上昇してしまい、少なすぎると感度が低下してしまう。
プレハイブリダイゼーション:開始後7-8分になったら、一度タッパーを65℃のウォーターバスから取り出し、ピンセットを使ってメンブレンを裏返す。タッパーを手で振って、メンブレン裏面に生じた小さな泡を剥がす。タッパーのふたをして再びウォーターバスに7-8分間浸ける。泡がメンブレン表面に付いていると、オートラジオグラフィーの結果に斑点状の汚れになって現れることがある。
ハイブリダイゼーション:プレハイブリダイゼーション終了の時間を見計らって、予めプローブを熱変性・急冷却しておく。プレハイブリダイゼーションを終えたタッパーからピペットマンでRapid-hyb Hybridization Buffer 1 mlを吸い、プローブ溶液を希釈する。これを少しずつ、よくかき混ぜながらタッパーに加えていく。プローブを入れ終えた後には、再びピンセットでメンブレンを裏返し小さな泡を除く。そして水分の蒸発防止(バッファー濃縮防止)のため、サランラップで液面全体を覆う。ただしこの際、サランラップと液面の間の空気(泡)を完全に排除する。この状態でハイブリダイゼーションを65℃で2時間行う。
洗い:メンブレンの洗いは2 x SSC + 0.1%
SDSで室温、20分間を1回、その後に0.2 x SSC + 0.1% SDSで65℃、20分間を2回行えば、ほとんどの場合十分である。ただしプローブの塩基配列によっては、0.1
x SSC + 0.1% SDSで65℃、1時間ほど洗わないとシグナルが見えてこないほどバックグランドが高いこともあるし、また洗ってもバックグランドが全く落ちないこともある。
オートラジオグラフィー
洗い終わったメンブレンは、サランラップや薄いビニルで包んでオートラジオグラフィーにかける。肉厚のビニルは放射線を遮蔽して感度を下げてしまうので避ける。また、メンブレンと包みの間に空気が入るとハイブリダイゼーションバンドがその部分だけピンぼけしてしまうので、ティッシュペーパーを丸めたものなどでしごいて空気を縁に追い出す。
Fuji
BASシステムは感度が高い。イメージングプレートに約2時間、室温でオートラジオグラフィーすれば、ハイブリダイゼーションの結果がほとんどわかる。ただし解像度や感度は、一晩オートラジオグラフィーしたX線フィルムの方が良いので、微妙な結果が得られたときやプレゼンテーション用のデータにするときは必ずこちらも行う。この場合のオートラジオグラフィーはX線フィルムを増感スクリーンとメンブレンでサンドイッチして、必ず-80℃で行う。
デハイブリダイゼーションとリハイブリダイゼーション
使用後のメンブレンは-80℃で保存し、必要なときに再びハイブリダイゼーションに用いる(リハイブリダイゼーション)。離れた位置にハイブリダイゼーションバンドが現れることが予めわかっている場合には、前のプローブを剥がすことなくそのままハイブリダイゼーションできる。ハイブリダイゼーションバンドの位置が近接すると予想される場合は、前のプローブを剥がす必要がある(デハイブリダイゼーション)。
プローブを剥がすにせよ剥がさないにせよ、一度使用したメンブレンの表面にはSDSが付着している。このまま次のハイブリダイゼーションでRapid-hyb Hybridization Bufferに浸すと、液の粘性が著しく増し、泡も立ちやすくなり扱いが困難な状態になる。これを避けるために、メンブレンを予め65℃の0.2
x SSC(SDSを含まない)で洗って、表面に付着したSDSを除去しておく必要がある。SDSが付着したメンブレンは水を弾く性質があるが、除去された後は水が均一に馴染むので、これを目安に洗いを終える。
デハイブリダイゼーション:0.1% SDS水溶液とともにメンブレンをハイブリダイゼーション用のビニル袋に密封し、さらにそれを蒸留水が入ったビニル袋で密封した二重構造のものを煮沸した湯に入れ、再び湯が煮立ったら袋を取り出し自然に放冷させる。この際、メンブレンにシワや折り目を付けないように注意する。もし付けたままメンブレンが冷えるとその跡が残って、バックグランドがその部分だけ上がってしまう。