第二生化マニュアル目次
はじめに
血小板活性化因子(1-O-アルキル-2-アセチル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、以下PAF)は、血小板の活性化以外にも平滑筋収縮、白血球遊走、マクロファージ活性化など多面な作用を示すアルキルエーテルリン脂質である。トロンビンやヒスタミンなどで活性化された血管内皮細胞は、血流中の白血球を捕らえる(Tethering)と同時に細胞質内でPAFを産生するようになる。しかし主なPAFは分泌されずに細胞内に留まり、またその一部は細胞膜表面へ運ばれることが示されている。血管内皮細胞はこの膜上のPAFを、捕らえた白血球のPAF受容体に伝達して白血球を刺激すると考えられている。一方、血管内皮細胞や他の細胞から分泌されたPAFは、PAF受容体を介して血管内皮細胞自身をも活性化する。このとき血管内皮細胞の細胞骨格が形態変化を起こすことが報告されており、この現象はPAFによる血管透過性亢進の一因と考えられている。また最近になってLPSで刺激した血管内皮細胞でのPAF受容体数の増加が報告されていることから、PAF受容体数によってPAFに対する感受性を調節する機構の存在が予想される。
このように、血管内皮細胞はPAFの産生細胞であるとともに標的細胞でもある。しかしどちらの側面から見ても、血管内皮細胞にとってPAFは細胞間相互作用(白血球−血管内皮細胞、血管内皮細胞−血管内皮細胞)のためのメディエーターとして働くようである。PAF及びPAF受容体の定量は、血管内皮細胞の活性化におけるPAFの役割と作用機序を理解する上で有用である。
1. 放射性リガンド結合実験によるPAF受容体の定量1), 2)
解説
ベーリンガーインゲルハイム社のPAF受容体アンタゴニストWEB2086はPAFの受容体への結合を競合的に阻害する。またPAFに比べ細胞膜への非特異的結合が起こりにくい。これらの性質を利用して、トリチウムラベルしたWEB2086
([3H] WEB2086)を用いた結合実験によりPAF受容体の定量をすることができる。
準備
HEPES buffer
25 mM HEPES-NaOH (pH 7.4) 5.96 g
10 mM MgCl2 6H2O 2.03 g
0.25 M Sucrose 85.58 g/l 氷冷する。
HEPES-BSA buffer:HEPES buffer+0.1% BSA 氷冷する。
[3H] WEB2086 NEN社製 Code No. NET-1017
WEB2086(非標識) 入手についてはベーリンガーインゲルハイム社に問い合 わせるとよい。
反応チューブ ファルコン社製2038チューブ。
内径約8 mmのフタなし丸底のポリスチレンチューブ。
GF/Cガラスフィルター ワットマン社製 直径2.5 cm
多試料サンプリングマニホールド(12サンプル用)
ミリポア社製
方法
1) 細胞を約10倍量のHEPES buffer中で氷上または低温室内でホモゲナイズする*1。
2) 4℃で800 x g、20分間遠心後、柔らかい沈殿を一緒に取らないように上清を注意深く採取。
3) 4℃で100,000 x g、60分間遠心た後に上清を捨てる*2。
4) 適当量のHEPES bufferで沈殿をチップやパスツールピペットを使ってほぐす。
5) ポッターホモゲナイザーに移し、氷上または低温室内で沈殿を5〜10回のストロークで懸濁する。
6) 再び4℃で100,000 x g、60分間遠心後、上清を捨てる。
7) 細胞と等量のHEPES bufferで沈殿をほぐす。
8) 沈殿をポッターホモゲナイザーに移し、懸濁する。
9) タンパク質濃度を定量する。
10) 2 mg/mlの濃度になるように希釈する(膜画分)。結合実験まで氷上に置く*3。
11) 以下の反応液を反応チューブにとる*4。
非特異的結合量測定用反応液
[3H] WEB2086 200 nM in HEPES-BSA buffer 50μl
非標識 WEB2086 40 μM in HEPES-BSA buffer 50μl
total 100μl
総結合量測定用反応液
[3H] WEB2086 200 nM in HEPES-BSA buffer 50μl
HEPES-BSA buffer 50μl
total 100μl
12) それぞれの反応液に100μlの膜画分(タンパク質0.2 mg)を加え、ボルテックスで混合する*5。
13) 25℃の水浴中で60〜90分間温める。
14) GF/Cフィルターをマニホールドに固定し、HEPES-BSA bufferで湿らせた後に反応液を流し込み濾過する*6。
15) 3 mlのHEPES-BSA bufferで3回反応チューブを洗い、洗い液をフィルターで濾過する*6。
16) 3 mlのHEPES-BSA bufferで2回フィルター全体をまんべんなく洗う。
17) ピンセットでフィルターをはがし、液体シンチレーションカウンター用バイアルビンの口に差し込む*7。
18) 80℃のヒーターで1時間ビンごと加熱し、フィルターが堅くなるまで完全に乾燥する。
19) 貼り付いたフィルターをバイアルビンの口からピンセットで外し、ビンの中に入れる。
20) 液体シンチレーターを加え、カウンターで放射能を測定する*8。
21) [3H] WEB2086のPAF受容体への特異的結合量は、総結合量から非特異的結合量を差し引いて得られる。単位タンパク質当たりのPAF受容体数は、特異的結合量をWEB2086の比活性と反応系に加えたタンパク質で除して得られる。すなわちこの実験系の場合、以下の式で算出できる。
注意事項
2. ヒトPAF受容体発現CHO細胞膜画分を用いたPAFの 定量3)
解説
当研究室がクローニングしたヒトPAF受容体cDNA2)を安定に発現するCHO細胞の膜画分を用いれば、培養上清や細胞中のPAFの定量を行うことができる。操作は基本的にPAF受容体の定量と同じく[3H]
WEB2086を用いた結合実験である。この実験系は従来法と比較してPAF以外の脂質の混入による影響が少ないのが特徴である。白血球サンプルの場合、予めPAFをTLCやHPLCで精製することなく定量が可能である。
準備
方法
1) 前項1)から9)の操作によりPAF受容体発現CHO細胞膜画分を調製し、0.5 mg/mlの濃度に調整する。
2) Bligh-Dyer抽出法4)により、PAFを定量したいサンプルから脂質を抽出する*1。
3) 抽出した脂質は有機溶媒を蒸発させた後に、HEPES-BSA bufferに溶かす。
4) 以下の反応液を反応チューブにとる。
5) CHO細胞膜画分100 μlを上記の反応液に加え、ボルテックスで混合する。
6) 前項の13)以降の操作を行う。
注意事項
*1 PAFの抽出効率を考慮する必要がある。約3000 dpmの[3H] PAFをトレーサーとしてサンプルに加えたときに抽出できた放射能の割合がPAFの抽出効率である。
*2 非標識 PAF C-16を入れた実験は検量線を引くためのものである。PAFの終濃度は0.01, 0.03, 0.1,
0.3, 1.0, 3.0, 10, 100 nMにする。通常、検量線は0.3〜100 nMの範囲で有効である。
文献
JT生命科学研究所 石井聡、青木良子
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