第二生化マニュアル目次
この章は、大阪大学微生物病研究所難治疾患バイオ分析部門分子遺伝研究分野(岡山博人教授)のマニュアルに、同研究室の近藤科江氏が執筆したもので、一部を第2生化学用に書き換えた。
【項目一覧】
A.培養液と試薬(Media and Reagents)
B.細胞培養及び継代法(Stock,Passage and Maintenance)
1.培養の一般的諸注意
2.Original Stock及びExperimental Stock調整法
3.凍結保存法
4.樹立培養細胞の培養(Cell line)
5.初代培養細胞の培養(Primary Cells)
C.細胞数の求め方(Cell Count)
D.細胞固定および染色法(Fixation and Staining)
1.ホルマリン法
2.メタノール法
3.ギムザ染色
A.培養液と試薬(Media and Reagents)
培養液は通常ベースとなる培地に、抗生物質や血清などを添加して作る。通常よく用いられるbasal mediumとしては、D'MEM(Eagleのminimum mediumをDulbeccoが改変したもの)、 HamF12, HamF10, RPMI1640 などがあり、DMEM:HamF12(1:1)のようにこれらをmixすることもある。組成の詳細は成書にゆずるが、成分で注目すべきは1.グルコース濃度、2.アミノ酸、特にグルタミン酸の濃度(これが少ないと作った後の保存できる日数が短い)、添加する重曹の量、4ビタミン、ミネラルなどの少量成分、脂質、増殖因子などの血清代用成分、などである。例えばHamF12はチミジンをたくさん含むのでトリチウムチミジンの取り込みのアッセイには適さず、hprt−細胞の選択にも適さないなど、個々の培地にそれぞれの特徴があり、たかが培地の組成といえどもばかにしてはいけない。
血清
FBS/FCS(Fetal Bovine/Calf Serum)、NCS(Newborn Calf serum)、CS(Calf Serum)、Horse Serumなど様々な血清があり、また、使用目的により、熱不活化、透析、活性炭処理などの様々な前処理を行う。使用目的、及びロットにより、濃度なども調製する。
PBS(-)
調製、混合済みの粉末を購入して、水に溶かし、オートクレーブ滅菌にて使用する。
トリプシン溶液(Trypsin solution)
調整済みのものを購入している。自己消化して活性が落ちるので、必ず低温保存する。少量ずつしか使用しない場合は、溶液は分注して凍結保存する。
EDTA溶液(EDTA solution)
Ethylendiamine tetraacetic acid(1mM or 0.02%) in PBS(-)、オートクレーブ滅菌」。
B.細胞培養及び継代法(Stock,Cultivation,Passage and Maintenance)
1.培養の一般的注意
細胞培養は、ある程度の熟練を要する手技であり、また方法も個々の細胞によって異なり、一般化は難しい。bアで必ず使用する細胞のData Sheetや文献を参考にして、至適な培養条件を見つけてやる必要がある。
培養細胞の特徴として培養中にその性質がどんどん変わってしまう(特に培養の下手な人が培養した場合)ため、必ず早い時期にoriginal stockとexperimental stockをつくり、事件はexperimental stockを解凍してから短期間に行う。
樹立細胞の場合でも、継続した培養は2ヶ月を限度とする。それ以上は細胞に以上が見られなくても廃棄して新たにexperimental stockを解凍する。
細胞に異常(増殖が悪い、形態がおかしい等)が見られた場合は直ちに廃棄する。
継代(Maintenace)している細胞は決してコンフルエントにしてはならない。
Mediumは最低週2回程度交換する。黄色くしてしまった場合はその細胞は廃棄する。
2.Original StockとExperimental Stock調整法
Original Stockは供与を受けた細胞をなるべくその状態で保存するためのストックであり、なるべく継代数の少ないときに(できれば初代)に保存する。このストックは重要なので必ず2本以上作り、細胞数も多め(106以上)に入れ、液体窒素で保存する。
Original Stockを調製する場合は、細胞とともに送られてきたData Sheet(Data Sheetがない場合はOriginal Developerの文献)に基づいて培地や血清を用意し、下記のように増やして凍結保存法に従っ て保存する。
ストックの調製はプロトコール通りに行ってもうまくいかないこともあるので(解凍した細胞の生存率が悪い)、必ずストックした後に1本は解凍して確認する。
細胞がフラスコの状態で送られてきた場合は、細胞の状態を観察し状態が良く、活まき直す必要がない場合には、培養液を横にしてもこぼれない程度まで除き、ふたをゆるめてそのまま培養する。コンフルエントに近い場合はトリプシン処理をして細胞数に応じてまき直す。
細胞が凍結状態で送られてきた場合は、できるだけ速やかに細胞を急速融解し(手のひらで暖める)、細胞数に応じて75mm2flaskや、10cm dishなどに撒く(フラスコの方がコンタミの危険性が少ないが取り扱いはしにくい)。その際、細胞が浮遊していた保存液は通常DMSOを含むのでdishの底についてから(通常3時間程度)培養液を交換することによって除く。
細胞がフラスコ2枚程度になった時点で2本以上に保存する。この時は必ず細胞数を数え、細胞名、継代数(この場合+p1)、細胞数、日付けを明記する。これをoriginal stockとし、通常の実験には決して用いない。残りを撒き直す。
実験の目的にもよるが、この後dish10枚程度まで細胞を増やし最低10本のストックを作り、experimental stockとする。この中の1本を翌日解凍し、ストックがうまくいっていることを確認する。その後このストックから解凍したものを実験に使用し、このストックの数が減ったらここから再び10枚程度まで増やして、ストックを作り直す。保存の日数にもよるがExperimental Stockは一部を-80℃で保存してもよい。
3.凍結保存法(Quick Freezing Method)
次のものを用意する
保存用培地:Basal Medium(D'MEM,HamF12etc。)+5%(-10%)DMSO+10%FCS-28℃ EtOH bath、
セラムチューブ
細胞をトリプシン処理後、遠沈して回収し保存用培地で1x107cells/mlの細胞浮遊液を作る。
次の事項をセラムチューブに明記し、細胞浮遊液を0.2mlづつ分注する。細胞名(初代培養細胞の場合は継代数も)、保存年月日、調製した人の氏名
細胞が入ったセラムチューブを下記の時間室温におき、DMSOとなじませる。
DMSO濃度 5%→10分 10%→30分
-28℃EtOH バスにセラムチューブを漬け、温度が-26℃以上にならないように注意しながら凍結させる。凍結後はできるだけ速やかに温度が上がらないように液体窒素に移す。
液体窒素に直接入れるより、この方法の方が復活率がかなりよい。
しかし、簡便には細かく砕いたドライアイスを用いたり、-80℃のdeep freezerに直接入れても、0.2mlならば通常問題ない。
この細胞を溶かすときは、0.2mlx5%とDMSOの量が少ないので通常は溶かしたものを直接10ml程度の培地に直接まきこんでよい。DMSOに弱い細胞では、えんしんまたは培地交換により、早めにDMSOを除く。
4.樹立培養細胞(cell line)の培養
a.培養条件は細胞によるが、D'MEM+5-10%FCSで充分なものが多い。
b.接着細胞では肉眼的にサブコンフルエント(約80%)になったら、また、浮遊細胞では対数増殖期の後半になったら、通常1:3から1:10程度の割合で希釈して継代する。一般的には樹立された細胞の培養は簡単であるが、コンフルエントにしたり、EDTA処理が長すぎたりすると、傷みが早い。十分に注意して培養し、形態が多少でも変になれば廃棄してexperimental stockに戻る。
5.初代培養細胞(Primary Cells)
a.細胞毎に使用する培養液及び血清の濃度が異なるため、使用時にはOriginal DeveloperによるData Sheetを必ず参照して用いる。
b.細胞は不死化しておらず、細胞が何世代目にあるかが非常に重要になるため、必ず継代数を明記しておく必要がある。
c.細胞はあまり薄くまくと増殖が悪くなるので、サブコンフルエントの細胞を1:5以下の希釈で継代するようにする。
6.トリプシン処理の仕方
a.培地をサクションで除く。
b.PBS(-)で細胞表面をさっと洗い(1ml-5ml)、PBSを除く。
c.EDTA溶液を約1ml加え、適当時間おいて除く。
d.トリプシン溶液を約1ml(10cm-dish)を加え、表面になじませた後除く。
e.顕微鏡下で細胞が丸くなったのを確認した後、血清の入った培地を加えてトリプシン処理を停止して、ピペットを用いて細胞をはがし、細胞懸濁液を作る。
f.必要に応じて細胞数をカウントし希釈してまく。
注意点)
トリプシン処理ほど人によってやり方の異なるものはないので以下のようなことも参考にして欲しい。
c.のEDTA処理時間ははがれやすい細胞(CHOなど)では、数秒(つまり、EDTA溶液を入れてすぐ捨てる)でよく、はがれにくければ数分処理する。また、EDTAとトリプシンをあらかじめ混ぜたものを使用してもよい。
d.では、トリプシン溶液を入れたままにしてもよい。吸い取ってしまうやり方のメリットはトリプシン処理で細胞は丸くなってはがれてくるが、トリプシン溶液を入れたままだと、はがれた細胞が浮き上がって凝集 を作りやすくなる。吸い取ってしまえば、その場で丸くなっているため、きれいな細胞懸濁液ができ細胞数の計測も容易になる。
e.では細胞によりトリプシン処理時間が異なるので注意。非常にはがれにくい細胞では37℃のインキュベータに入れることもあるが、ほとんどの細胞は室温数分ではがれる。トリプシン処理は細胞の密度、トリプシンの力価により必要時間が異なるため毎回の実験条件をそろえるためには、時間を一定にして行うより、細胞の形態変化を目安にした方がよい。
C.細胞数の求め方(Cell Count)
a.細胞をできる限りSingle Cell Suspensionにすることが重要である。このためには前項で述べたように、トリプシン処理を短めにすることが肝要。
b.細胞懸濁液をパスツールピペットかピペットマンで少量取り、できるだけ速やかにかつ注意深く血球計算板に入れる。その際、細胞が計算板内に均一に分布していない場合にはやり直す。
c.血球計算板は3本線に囲まれたところが9等分されている。その1/9区画が1x10-4mlになっているので少なくとも2区画を数え(できれば4区画)、数えた区画数で細胞数を割り、104倍して細胞数/mlとする。
D.細胞固定および染色法(Fixation and Staining)
シャーレ上のコロニー数を数えるときや細胞の形態をそのまま保存したいときには固定を行う。以下、2法が一般的な方法であるが、細胞の形態を観察したいときは、ホルマリン法が適する。
1.ホルマリン法
a.37%ホルマリン(市販特級)を使用する。特級は一級と値段がさほど変わらないが、においが少ないので勧める。
b.メディウム中に直接、約10%(ホルムアルデヒドとしての最終濃度3%)になるように入れる。
c.そのまま二時間以上放置する(通常の目的には数分で充分)。
d.水道水で洗う。形態を保持するためにはできるだけ静かに(噴射瓶等を使用して)、表面を濯ぐ程度にする。
e.風乾する。形態をきれいに保ちたいときは(フォーカスを染めたいときなど)、すぐに染色した方がよい。
2.メタノール法
a.細胞をPBS(-)で洗う。
b.100%メタノールを1-2ml/10cm-dishの目安で加える。
c.30-60秒おいてから、余分のメタノールを捨てて、風乾する。
3.ギムザ染色
a.染色液を水道水(の方がよいらしい)で10-20倍に希釈して調製する。形態観察用には新たに調製したものを用いた方がよい。単にコロニーを染色するときは、作り置きおよび最盛の染色液で充分である。
b.約2mlの染色液を入れ、形態観察用では約30分、コロニー計数の場合は10分以上おく(染色液の新しさ、目的により異なる)。
c.コロニーをカウントするときには実体顕微鏡を使用した方が正確な数が数えられる
注)ギムザ染色液は毒物であるので、むやみに捨てずできるだけ再生使用する。
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