放射線取り扱い実験法                     (清水)

1.はじめに 

 現在の生物学の実験に放射線(ここではβ線、γ線)は不可欠のものとなっている。放射性同位元素をラジオアイソトープ(RI)と呼び、多くの実験はこのRIをトレーサーとして用いる。この他、18O、あるいは重水素(2H、D)などの崩壊しない元素を安定同位体と呼ぶ。RI物質を用いた実験は生化学、分子生物学の研究に必須であり、極めて有力な実験手技であるが、同時にこれは危険性の潜在する実験でもある。本稿ではRIの使用に関する安全性の管理と、放射線取り扱いのいくつかの留意点をまとめた。

2.放射線安全管理のために

A.整えるべき三要素(3つのC)

 RI物質の取扱に際して、安全性の管理のために3つの注意点がある。すなわち、

Contain:放射性物質を狭い空間に閉じ込め、広げないこと。

Confine:利用する放射能の量を最小限にとどめる。

Control:放射性物質の購入、使用、廃棄などをきちんと管理する。

 このために種々の規則があり、また放射線管理区域が存在し、また実験者の技術の向上が求められる。これは取扱者自身の安全管理、その周囲の人間の安全、さらに周辺住民や環境への安全配慮という目的がある。1号館のアイソトープ室使用にあたっては、全学の講習会へ出席すると共に、1号館独自の講習会に参加し、登録し、また、年に1度の健康診断を必ず受けなくてはならない。また、入室にはカードを必要とする。1号館アイソトープ施設の使用法は別に記載する。臨床系の利用者は基本的には病院で登録し、3カ月ごとに「短期利用者」として、更新手続きをとる。

B.外部被曝と内部被曝

 γ線、X線、β線は外部から作用して、人の臓器に障害を与えうる。これを防御するには被曝時間を短くする、線源から距離をとる、さらに線源との間にしゃへい物を置くという3原則がある。P等のβ線取り扱いではしゃへい物は特に重要で、1cm厚さのアクリル板でほぼ完全に吸収される。トリチウム、14Cなどの軟β線は外部被曝の危険は少ないが、非密封性放射物であるため、内部被曝の危険がある。これらの物質は気道、口、皮膚などを通して体内に入ると、長期間体内から被曝する。ヨードは甲状腺に、またCaやPは骨に蓄積するので最大限の注意が必要である。内部被曝を避けるため、安全フードのなかで扱う、必ず手袋を着用し、口を用いるピペット操作等は行わない。作業中ガラスなどによる怪我を避ける、黄衣を必ず着用する、等の方策がある。放射線使用中に喫煙、飲食、化粧を避けるは当然のことである。また、管理区域内ではフィルムバッジを着用し、退出時には手洗いを実行し、さらに汚染をモニター(ハンドフットクロスモニター)することを忘れてはいけない。

C.放射能実験の安全性心得

まず、RIの実験に当たっては放射能物質を入れずにまったく同じ実験を行い、手技に習熟する必要がある。これをコールドラン(cold run)と呼ぶ。また、実験中は集中してやること、さらに手や皮膚に怪我があるときは放射能の実験をしてはいけない。その上で、実際の実験に当たっては以下の注意が必要である。

1)汚染の拡大防止や、除去を容易にするため、ポリエチレンろ紙で実験区域やフード内を覆う。必要に応じて足元にもろ紙を敷く。操作中に生ずる放射性廃棄物用のポリエチレン袋(可燃用、不燃用、難燃用)を必ず用意する。
2)非密封のRI(我々が使うものはすべてこれです。)、特に、あらゆる種類の原液およびヨードやトリチウムを扱うときは必ずフード内で行う。
3)実験順序を良く考え、予め必要なものをすべて実験台、フードの中に入れておく。途中で、取りに行くようなことをできるだけ避ける(コールドランの意味)。
4)実験は出来るだけ、二人一組で行う。初心者は一人で行ってはならない。
5)塩ビの手袋を必ず着用する。また、防御眼鏡をかける。塩ビの手袋は汚染したものとして必ず扱い、これで非汚染物を触るときはポリエチレンかあるいはペーパータオルを介在させる。
6)Pの実験においては近くにサーベイメーターを必ずおき、汚染のチェックを頻繁に行う。
7)実験終了後は、サーベーメーターあるいはろ紙によるスメア法で汚染の有無を必ずチェックする。

D.緊急時の処置について

東京大学医学部のRIの手引きから引用する。

緊急時とは:身体表面の汚染が、除洗後も残っているとき。吸入、飲み込み、傷などにより内部汚染したとき、衣服に汚染があるとき、実験室の床や廊下が数ヵ所にわたり、500cpm以上の汚染があるとき、また、一箇所でも高い汚染があり、除洗ができないとき、RI溶液を直接こぼしたとき、ガス状のRIを飛散させたとき、RIが行方不明になったとき、火災そのほかの異常があるとき、(1)ひとの安全を第一に確保する。(2)放射線管理室および教室スタッフに連絡する。(3)汚染拡大防止のため、処置をする。

E.身体汚染の除去について

1)身体の表面汚染は中性洗剤、または除洗剤を用いて、ハンドブラシで2分ほどこすり、温水で洗い流す。

2)傷口や目を汚染したときはすぐに温水で洗い流す。傷口は出血を促す。
3)RIを飲み込んだり、吸い込んだりしたときは、できるだけ吐き出す。うがいを十分に行う。
4)以上の初期処置の後、放射線管理室に連絡し、また医師の診断を受ける。

F.RI物質の除洗作業について

1)実験衣やスリッパの汚染については、ビニール袋にいれ、保管する。減衰を待つか、あるいは廃棄処分にする。

2)手袋をして倒れたRI容器を立て直し、破損した容器をピンセットなどで集める。
3)汚染部位を乾いたペーパタオル、ティッシュペーパーで外側から中心に向かって拭きとる。
4)ペーパータオルを中性洗剤に浸して、汚染箇所を外側から拭きとる。この操作を繰り返し、タオルはポリエチレン袋に入れ、放射性可燃物廃棄物に捨てる。サーベイメーターあるいはスメア法で除洗効果を判定する。
5)なるべく早い時期に部屋の電話から教室に連絡し、応援を依頼する。
6)現場を離れるときは他の人に気付かせるよう、汚染部位をマークする。
7)除洗が完全に行かないときは、ビニールシートで、カバーし、周囲をテープで密閉し、さらに汚染部位である旨のマークをつける。

3.放射線実験法の諸注意と知識

A.放射能の単位

従来使用されていたCi(キュリー)に変わり、Bq(ベクレル)という単位が国際使用となった。Bqとはある放射線核種が1秒間に崩壊する回数を示す単位で、dps(disintegration per second)と同義である。ちなみに、1Ci=37GBq、我々がよく用いる1μCi=37KBqである。

覚えておくと便利なのは 37KBq=1μCi=222万dpmである。

液体シンチレーションカウンターで測定するcpmはdpm x 計数効率(counting efficiency)である。計数効率は核種や温度、測定機器、クエンチングなどで異なるが、それは以下に述べる。一般には14Cで80ー95%、3Hで30ー50%の間が目安であるが、測定条件(温度、機械、溶媒、バイアルなど)で異なる。

B.液体シンチレーションカウンターの原理

一般に生化学で使用する核種は3H,14C,32P,35S,45Ca,125I、131Iの7種類である。このうち、前の5つはいずれも崩壊によりβ線を放出する。β線はそのものを検出するのは難しいので、シンチレーター(蛍光剤)により光エネルギーに転換する。一般に増倍管(PM管)の検出最大波長が400nm付近なので、通常は二種類の溶質を用いて、β線→第一溶質→第二溶質とエネルギーを変換し、最終的に蛍光となって検出され方式を用いている。また、32Pの場合、エネルギーが強く、荷電粒子が物質のなかを通過する際に蛍光を発する。これをチェレンコフ光と呼び液シンを用いて直接測定できる。32P水溶液の相対的放射能値の定量に用いられる(Pの場合、おおよその計数効率は40%)。これに対してヨードなどの物質はγ線を発し、これはγカウンターで測定する。

C.核種の物理的性質

核種 半減期 β線エネルギー 危険度分類   水中飛程距離
最大(keV) 平均(keV)  度 (cm)
3H 12.3 年 18 5.5 4 4.7 x 10-5
14C 5730 年 156 50  4 3.3 x 10-3
35S 87.4日  167  49 3 3.8x 10-3
32P 14.3 日 1710 700 3 2.6 x 10-1
45Ca 165.0 日 257 77 2
131I 8.1 日 810 190 3 3.9 x 10-2
125I 60 日   γ + X 2

D.Cold runとは。

 RIを用いた実験を行うとき、安全にしかも効率良く実験を行うための準備として、全く同じ実験をRIなしで行うことが勧められている。これをCold runと呼ぶ。例えば放射性アラキドン酸の遊離実験を行うとき、リガンドで刺激し、その後メディウムをピペッティングし、バイアルに入れたり、あるいはコールドだけでHPLCを流し、分離パターンを確認してから、本番をやるなどのことである。

E.液体シンチレーターによる測定(1)(液体試料)

1)含水率

 シンチレーターの溶媒は一般にトルエン、またはキシレンであるが、計数効率の上から、キシレン系の使用が増加している。水溶液を計るものは乳化シンチレーターとよび、Triton X-100等の界面活性剤が含まれている。一般に水の含有率が高いほど計数効率は下がる。どのシンチレーターにも適切な範囲の水含有量があるので、個々のカタログを参照すること。

例えば、DojindoのシンチゾールEX-Hの場合、2ー7%程度の水が最適である。10-20%の間は2液に分離してしまい、測定が不可能である。また、2%以下の場合は溶けないので、水を加える必要がある。20%を超えるとゾル化して、計数効率が下がるが、測定は可能である。pHは広い範囲で問題を起こさないが、12以上は入れない。バイアルは低カリウムガラスが用いられているが、非常に割れやすいので注意が必要である。ポリエチレン性のものは計数効率が高い。

2)クエンチング(消光)

 計数効率が低下することをさす。上記の含水率のほか、化学消光、酸素消光、および着色消光の3種類がある。軟β線である3Hの時に特に問題となる。

化学消光:励起エネルギーが、蛍光物質に伝達されるどこかの過程で起こる現象で、アルコール、アセトニトリル、四塩化炭素、ヨード酢酸等色々の物質が消光剤となる。

酸素消光:酸素の溶存によりトリチウムで5%、14Cで2%位の消光が起こる。アルゴンを吹き付けて酸素を除くと計数効率が上がるが、実際的ではない。

着色消光:蛍光波長が400nmで測定するため、この付近に吸収を持つ物質があると消光が起こる。実際にはヘモグロビン等の黄色、赤色が一番問題になる。これは消さないと大きな消光を起こすので、幾つかの方法が行われている。脱色試薬(市販)、30%過酸化水素等で処理して、一昼夜置いてから測定する。

 このほか、温度も計数効率を変える。トリチウムは低温の方が計数効率がよいので、多くのシンチレーションカウンターは低温(7度)に保持されている。従って、低温のカウンターに入れた場合は10分間程度待ってから、測定を開始したほうが安定する。室温性のカウンターでは計数効率は落ちるが、このばらつきの心配はない。逆に14Cは室温の方が効率が高いが、差はわずかである。

F.液体シンチレーターによる測定(2)(固体試料)

 蛋白質や核酸などの物質をろ紙やフィルターペーパーに吸着させ、測定する方法で、フィルターの種類や、置き方、乾燥度、等で計数効率が大幅に変化する。フィルターは一般にグラスフィルターが効率が高い。同じグラスフィルターでも目の細かいものは内部への浸透が少ないので、計数効率は高い。フィルターはPM管に平行の方向に立てれば効率が最も高いが、実際上は底面にしっかりと横たえて安定した値を出したほうがよい。底に横たえた場合、中央に平行に立てた場合の約50%の効率である。乾燥の程度は計数効率に大きく影響する。赤外線下、あるいは80度Cで2時間ほど完全に乾燥させ、液シンにつけた後、フィルターが透明になってから計る(不十分な乾燥だと約50%しか検出されない)。乳化シンチレーターよりトルエン系のシンチレーターで測定するほうが正確で、かつ計数効率が高い。第一このほうがシンチレーターの再使用が可能である。乳化シンチレーターを用いたときは時間が経つと試料が溶出してきて不正確な測定となる。溶液中と支持体上ではカウントは著しく異なるので、溶出する前に(数時間以内に)、測定を完了させなくてはならない。あるいFilter-Solv(Beckman)、Protosol(Du Pont)等の可溶化剤を用いて、完全に溶解してから測定する方法もある。

脂質やアミノ酸をTLCで分離後、シリカゲルの粉をかきとり、シンチレーターで測定できる。脂質はそのまま溶出されるが、メタノールを加えると良い。アミノ酸や蛋白のときは水を加えて溶出させてから、シンチレーターを加える。なお、発色に用いたヨードはクエンチングの原因となるので、脱色してから行う。Coomassie brilliant blueの青い色はクエンチングを起こさない。

G.外部標準法

 種々のクエンチングを補正するためには、それぞれのシンチレーションバイアルに既知のRIを加え、計数効率を補正する方法(内部標準法)が理想的であるが、現実的には行わない。そこで多くの機械では外部線源を個々の試料を含むバイアルに当てて、その計数値で補正する方法がとられており、これを外部標準法という。トリチウムの測定に当たっては必ずこの方法をとることが必要である。

H.同位体効果(アイソトープ効果)

 一般に我々は放射性標識物質が非放射性物質と同様の挙動を示すという前提で、すべての実験を行っている。ゆえにトレーサー実験と呼ぶわけである。しかし、これは必ずしも正しくない。同位体は代謝においても、受容体結合においても、質量の違いにより化学反応の速度が変わりうる。多くは生物学的誤差の範囲内に入ってしまうが、例えばHPLCの溶出速度は少し変化する。また、125I等を用いた実験ではこれが立体障害をおこし、非放射物質と異なるふるまい(生物作用等)をおこすことを念頭に入れなくてはならない。

I.RI物質の安定性と保存方法について

 一般にRI物質は不安定である。放射比活性が高ければ高いほど、自らのβ線で自己崩壊が加速される。一般に低温保存が化学反応の点からは望ましいが、一番問題なのはトリチウムのような軟β線を-20゜Cで保存することである。即ち、-20゜Cの凍結に際しては化合物はクラスターを形成する。トリチウムの場合、水溶液中の飛程距離がCの表に記したように50μmであり、このクラスター内でほとんど吸収されてしまう。トリチウムチミジンの場合、+2゜Cで4ヵ月で17%分解するが、-20゜Cでは32%が分解される。この崩壊は比活性が高いほどおこりやすい。-80゜C以下で保存するか、あるいはエタノールを含む溶液で凍結しないよう保存することが望ましい。また、原液バイアルは必ず地下室の窒素ガスを封入して保存するようにする。

J.サーベイメーターの使用方法

 GM管(Geiger-Muller counter)は3H、14C、35Sを測定することはできない。32Pを使う実験では常に手元において、汚染のチェックと、簡単な実験モニターとして用いる。使用方法はFunctionをBattに切り替え、電池の充電状態を確認し(グリーンベルトにある)、ついでHVに切り替え、赤ベルト内にあることを確認する。次にFunctionをUSEにして測定する。時定数は普通10secでRangeの高いほうから徐々に下げていく。針が振り切れたときはResetを押す。おおよその計数効率は32Pの場合、5ー10%である。測定が終了したら、まめにFunctionをOFFにしてください。GM管は汚染をおこさないよう検出窓にサランラップを貼るが、できるだけ近づけて測定する。125I用には専用のサーベイメーターがありますので、使用する。

本稿の作成にあたり、放射線管理施設の木谷元教授、またRI管理室の別所元講師の指導を受けた。この場をかりて深謝します。

第二生化マニュアル目次